飯田市 ／ S邸

SI-house　～薄い屋根と水盤と一体になる家～

【合理性かつ機能性を追求したシンプルで洗練された美しさ】
　青空に伸びる水平のラインと垂直に交わる縦のライン。それを形づくるのは、打ち放しのコンクリートの外壁と、その上に乗った漂う雲のように薄くはかなげな屋根。無駄なものをそぎ落とした外観は美しく、人工的な素材であるにもかかわらず豊かな自然に囲まれた景観とも見事に融和している。
　家を建てようとＳさんご夫妻が動き出した当初、「長野県に建てるからには風土を理解している県内の業者に依頼したい」と考えてはいたものの、自分たちのイメージする企業とはなかなか出会えなかったそう。そんな時目に飛び込んできたのが、TN designのＨＰだった。「作品を拝見して、ぜひお会いしてみたくなって」と、当時を振り返るご主人。あくまでシンプルな住まいに…という要望を基に、ご主人のイメージをはるかに超える提案をしてくれたのが建築家の小澤さんだった。
　潔いまでの〝シンプル〟を感じさせる要素は、住まいの中にも。家族が集うＬＤＫは大きな長方形で、視界を遮るものは一切ない。キッチン、ダイニングテーブル、ソファなどの主だった家具はモダンなマテリアルとデザインで統一。これらはすべて小澤さんのデザインによるフルオーダーの品々で、空間に対してのサイズ感や質感にこだわり、無駄のない洗練された美しさを演出している。
　住まいの中央を貫く廊下の途中に配置された水回りは、トイレ、洗面台、ランドリールームをまとめて一室にすることで機能性を優先。「壁をなくすことでコストカットが可能になります。その分ほかの箇所のクオリティを上げたいと考えました」と小澤さん。クライアントのこだわりたい部分にフォーカスすることで、コストをより有効に利用できる。
　「美しい物、こだわったものはコストがかかるのは当たり前…という概念を覆し、クライアントの希望コストの範疇でいかに付加価値を付けていくか。それが自分の腕の見せ所」と話す小澤さん。そんな想いがあるからこそ優先すべきポイントを見極め、クライアントのニーズをいい意味で超える住まいを実現できるのだ。

【いくつもの奇跡が重なってオンリーワンの家が完成】
　S邸の象徴とも言えるのが、住宅の中央に配されたガラスで囲われた中庭と、そこに張られた水盤だ。時には朝日のきらめきを、また時には雨粒によってできる波紋の数々を映し出し、自然が織りなすアートに飽きることなく見入ってしまう。
　この水盤、実は当初から考えていたわけではないと聞いて驚いた。「中庭をつくるのは決めていたんですが、芝を敷こうか？ピクニックができるスペースにしようか？でも普通じゃつまらない…と悩んでいた時、小澤さんから『水盤はどう？』と提案があって」とご主人。斬新な提案だが「それは面白い！」とご夫妻は乗り気となり、このシンボリックな空間が誕生した。
　一方で、「もし私が名案を思い付いたとしても、クライアントが承諾してくれなかったら実現はできない。さらにそれを施工してくれる会社が見つからなければ建築は完成しない」と小澤さん。このS邸も、「ぜひ手掛けてみたい」と名乗り出てくれた施工会社があってこその実現だったと振り返る。
　「その土地の気候や風土、その時のひらめき、クライアントとの出会い。さらに同じ建材・設備であっても時代によって価格は異なり、、廃盤になっている可能性もある。同じコストをかけても全く同じ住宅が出来上がることは絶対に無いんです」と小澤さん。いくつもの奇跡が重なりあってできた、唯一無二の作品ともいえる住宅に暮らす喜びに、Sさんご一家は今でも満たされている。
（ナガノの家　Vol.11　2019年春･夏号掲載）